hirotatu123の日記

思った事を書き込みます。

辻元清美出番ですよ(;^_^A



《森友問題に絡み民進党辻元清美の新たなる地上げ疑惑をぶちまける》足立康史日本維新の会国会中継 衆議院 国土交通委員会】平成29年3月29日

野党第一党を目指す日本維新の会

民進党をぶっ潰せ!辻本を吊るし上げろ!




森友学園辻元清美生コン祭り開催中

しかしながら今もなおメディアの不自然な報道は続いている。テレビのニュースでは、安倍総理辻元清美議員の疑惑に触れた部分が丸々カットされて放送されていた。




阪神・岩田、25日DeNA戦先発!横浜倒せば2位ほぼ確定や!!



 25日のDeNA戦(甲子園)は阪神・岩田が先発する。CSの登板にも関わる一戦に向けて「目の前の試合に自分の力をしっかり出せるようにがんばるだけ」と24日、気合を入れた。対DeNAは今季2戦2勝、防御率2・25と好相性。お得意様相手に3勝目を奪い、CSの先発の座もつかみ取る。




阪神は24日のDeNA戦(甲子園)に0―2で惜敗し、今季12度目の零敗となった。クライマックスシリーズ(CS)ファーストステージで相まみえる可能性のある相手に重苦しい敗戦を喫した中で、約1カ月半ぶりの先発となった岩貞祐太投手(26)が、6回5安打2失点の力投を披露したことが光明。今季、不振に苦しんだ男が、復活の兆しを見せた。

 後がない男が、崖っぷちまで追い込まれていた。岩貞にとって約1カ月半ぶりの1軍マウンドは、厳しい試練から始まった。

 「筒香、宮崎さんにしても、捕手と配球を組み立てていったけど、もう一個、ボールが強かったり、体の近くに投げられていたら、詰まったり、凡打になっていたと思う」

 初回、1死から柴田に四球を献上し、筒香には内角直球を右翼線へ運ばれる二塁打で1死二、三塁。ロペスの遊ゴロの間に先制点を奪われると、続く宮崎にも三塁線を破られる適時二塁打で簡単に2点目を失った。

 前回8月8日の巨人戦では4回6失点でKO。不振を極める今季を象徴するような精彩を欠く投球で、試合中に強制帰阪を命じられていた。失意の中、2軍では直球のスピード、球威を取り戻すことに重点を置き、フォームも見直し、復調の兆しを見せてきた。

 満を持して再昇格を果たし、鮮やかに復活を遂げるはずだったが、初回の2失点で雲行きは怪しくなった。だが、昨季10勝を挙げた左腕は、ここから意地と執念を見せた。

 「(2回以降は)何とか粘って投げることができて、試合を作れた。しっかり腕を振っていって、6回のピンチも粘ることができたと思う」

 2回を3者凡退に片付けると、リズムをつかみ、テンポ良くアウトを重ねた。1死一、三塁のピンチを背負った6回も後続を断ち、無失点。140キロ台中盤の威力ある直球に、武器であるスライダーも尻上がりにキレ味を増し、6回5安打2失点と結果を残した。

 本来の姿を取り戻した投球に金本監督も「ボールはよかった。筒香の当たりも宮崎の当たりも、いいところに投げての(結果)。そう(CSに向けた明るい材料)ですね」と及第点を与えた。

 CSの先発は12勝の秋山が確定で、右足腓骨(ひこつ)骨折からの復活を期すメッセンジャー、故障なくローテを守った能見、小野、岩田らと枠を争う。自己ワーストの10敗目を喫したものの、ファーストステージでの再戦もある3位・DeNA相手に披露したこの夜の力投で、岩貞もアピールに成功した。

 「まだ反省点は多々あるので、自分の中で理解してやっていきたい」。屈辱を晴らし、チームに貢献する機会は、まだ残されている。




清宮まってるでぇ~(;^_^A


豊田議員、反省モードも…涙のち半ギレ 謝罪会見の最後“宿敵”追及に反論

政策秘書への「このハゲーっ」などの暴言・暴行疑惑で自民党を離党し、埼玉県警から事情聴取を受けた豊田真由子衆院議員(42)が18日、自身の選挙区である埼玉4区の新座市内で会見した。支援者向けの会合にも出席し、6月22日発売の「週刊新潮」で報じられて以降、初めて公の場に姿を見せた。騒動を涙を流しながら謝罪し「恥をさらして生きていきたい」と議員続行を宣言したが、最後に「新潮」から追及を受けると、キレ気味に反論する場面もあった。



【写真】眉毛が変わった!質問に豊田議員「“縦”だとみすぼらしく見えると言われた」

 会合が開かれた会場には報道陣ややじ馬が計200人集結。反支持者が「税金、返せ~」「議員やめろ~」と叫ぶ中、豊田議員は会場入りした。若者の「ハゲー」の声が飛び、子供が走り回るお祭り状態だった。

 騒動開始から3カ月。会見で長い沈黙を破った豊田議員は謝罪。精神的な不安定を理由に入院しており、この日も病院から会場入りしたと説明し「耳鳴りが…」とうずくまる一幕もあった。

 「楽な道であれば議員をやめてしまった方がいいと思いますが、孤独の中で、恥をさらしながら生きていくのが大事と考えた」と議員続行を表明。10月にも実施されると見られる衆院選にも「選挙に受からなければ議員は続けられない」と事実上の出馬を宣言した。

 前日17日放送のフジテレビ系情報番組「Mr.サンデー」でインタビューに応じた際は、元秘書にミスが続出していたことが暴言暴行のきっかけだったと説明していた。だが、この日は「(元秘書に)弁護士を通じて誠心誠意、対応していますが、刑事事件については言及できない」と詳しく語らず。暴行について部分的に否定し「刑法上の罪に問われるとは考えていません」とした。

 終始、反省モードだった1時間半の会見の最後。“宿敵”「週刊新潮」記者からの質問に眉毛をつり上げ半ギレとなった。「お前の娘が通り魔に強姦されたらどうするんだ」と発言した事実を、豊田議員が当初否定していたことを追及され、「『(お嬢さんを脅迫しようという)趣旨で申しあげたのではありません』と返したのです」と反論。質問の応酬は平行線のまま打ち切りとなった。

 会見に先駆けた支援者向けの会合は、厳しい意見も飛んだが応援ムードが漂った。豊田議員が「主人から『下品な言葉を言うんじゃない』と怒られた」と明かす一幕もあったという。



 元政策秘書への暴言と暴行騒動で自民党を離党した豊田真由子衆院議員(42)が18日、自身の選挙区である埼玉4区の新座市内で、支援者向けの会合に出席。6月22日発売の「週刊新潮」で報じられて以降、初めて公の場に姿を見せた。会合後には記者会見し、涙を流しながら謝罪。「楽な道に逃げず、この恥をさらしながら、生きていきたい」と議員活動続行を宣言した。


 暴言報道から3カ月ぶりに姿を見せた豊田議員は黒いスーツ姿。会場周辺には報道陣約100人、議員辞職を求める反対派や周辺住民ら約100人が集まり、パニック状態。車を降りると、報道陣らに何度も頭を下げ、会場入りした。

 会見では、元秘書への暴行疑惑について質問が飛んだ。実際に手をあげたかどうかについては「刑事事件で、双方の意見が違うということで、この場でつまびらかに話せない」と明言を避けた上で、「大けがをさせたとか、そういうことはなかった」との認識を示した。

 流出した音声には「このハゲー!!」などの暴言もあった。身体的特徴を罵倒したことについて、豊田議員は「実は、うちの夫も、そういうところ(薄毛)がありまして…。私はそういう夫が大好き。(暴言は)そうであってくれ、と言っている。直さなくていい」と笑いも浮かべながら、釈明した。

 この日は、左手薬指に結婚指輪をつけており、会見では、夫について「16年間、一緒にいる大好きな夫がいるんですが」と表現する場面もあった。


18日放送のTOKYO MX「バラいろダンディ」(月~金曜・後9時)では、50代の男性秘書に対し「このハゲーッ!」「死ねば」などと暴言を吐いたとして自民党を離党した暴言騒動の豊田真由子衆院議員(42)=埼玉4区=が会見したことについて厳しいコメントが相次いだ。



 豊田議員は17日放送のフジテレビ系「Mr.サンデー」(日曜・後10時)に出演し釈明。18日は選挙区の新座市内の結婚式場で、支援者向けの会合を行い、その後騒動後初の記者会見を行った。

 これについてコメンテーターとして出演した女装家のナジャ・グランディーバは「ハゲ-! って言ったからには自分がハゲにしてね。『これがハゲです』って、それくらいやってほしかった」とコメント。同じ女装家のダイアナ・エクストラバガンザも「この期に及んでまだ2日間だけのことみたいなこと言ってる。ずいぶんと厚かましいというか…。あれね、2日間しか言ってない悪口雑言じゃないですよ。あれは手だれ。しょっちゅう言ってるわよ」と豊田議員の主張を真っ向から否定した。

 俳優・梅沢富美男(66)は「ようやく出てきたね。出てきたのはいいけれども、病院にいるとかぬかしといて給料もらってる訳だよ。そのお金どうするんだ。何にも仕事しなかったんだろ」と厳しい口調で指摘した。


北朝鮮テレビのあの大げさな「ピンクレディ」は何者? 引退した彼女が再登板の理由


北朝鮮は3日、水爆実験を成功させたと発表した。このニュースを読んだのは、ピンクの韓服と轟くような威圧感たっぷりの声で日本でもお馴染みの、北朝鮮国営テレビのベテランアナウンサー、李春姫(リ・チュニ)氏だ。すでに引退したはずなのに、重大ニュースとなるとかならず駆り出されるこの謎多き存在に、欧米メディアが注目している。



◆北の名物アナ。欧米での愛称は「ピンクレディ」
 ガーディアン紙によれば、李氏は1943年生まれの74才で、北朝鮮南東部の貧しい家庭に育った。演劇関係の大学でパフォーマンスアートを学んだ後、1971年に、まだ黎明期にあった国営テレビに入社している。ワシントン・ポスト紙(WP)によれば、同氏は「北朝鮮の声」、「国民的アナウンサー」と形容されており、40年以上にわたって北朝鮮唯一のテレビ局でもっとも有名なアナウンサーとして君臨している。いつもピンク色の韓服(朝鮮のフォーマルドレス)を着ていることから、欧米では北の「ピンクレディ」とも呼ばれているそうだ。

 WPは、何よりも彼女を有名にしているのは、残忍で抑圧的な政権のメッセージを伝える、その豊かで堂々とした声だと述べ、トレードマークの大げさかつオペラ調のスタイルで、核実験を発表し、敵国を非難し、3代にわたる北朝鮮のリーダーたちの人生と偉業を語ってきたと説明している。

 北朝鮮の国営誌「Chosun Monthly」は、「温かな愛と信頼をもって」、威厳ある声を作ることを李氏に要求したのが、北朝鮮建国の父、金日成氏だったとしている。2009年にロイターが訳した「Chosun Monthly」の記事には、「李がレポートや声明を発表すれば、敵は恐れで震え上がるだろう」と記されていたということだ(WP)。

◆声に正恩氏も感心?粛清をサバイバル
 WPが引用したブログ「北朝鮮リーダー・ウォッチ」によれば、李氏は1980年代からテレビにレギュラーで出るようになり、お天気から政府のイベントまですべてのニュースを読んでいたということだ。アナウンサーとして不動の地位を勝ち取った彼女は、長いキャリアの中で、1994年の金日成氏死去、2011年の金正日氏死去を経験している。特に、金正日氏死去は、彼女のキャリアのなかでもっとも有名な出来事であり、黒い韓服を着て、声を震わせすすり泣きながらニュースを読んだとWPは回想している。ガーディアン紙も、いつも好戦的な彼女が、このときばかりは涙を見せた、としている。

北朝鮮リーダー・ウォッチ」は、李氏のすごさは、北朝鮮の政権で定期的に訪れる粛清から生き延びたことだと述べている。李氏は、多くの同僚や上司が解雇されたり、降格したり、再教育に送られたりするのを実際に見てきたはずだという。ガーディアン紙は、李氏のメロドラマ的なニュースの伝え方は、現リーダーの金正恩氏から称賛され、このことが世界でもっとも残忍な政権と評される北朝鮮で生き延びるのに不可欠だった、としている。

◆引退撤回? 重大ニュースを語れるのは、やはり彼女
 WPによれば、李氏は実は2012年にアナウンサーを引退しており、現在は「比較的豪華な」生活を家族と送り、後進の指導にあったっているが、7月のミサイル発射、5回目の核実験、そして3日の水爆とされる核実験など、政府は特別な発表となると、彼女にニュースを読ませている。

 ジョージタウン大学のビクター・チャ氏は、「政権が彼女を呼び戻したということは、現リーダーの祖父の、ハードライン冷戦時代のイデオロギーへの回帰を政権が強く望んでいることの表れではないか」とウェブメディア『Mashable』に昨年語っており、決して偶然ではないとしている。

北朝鮮リーダー・ウォッチ」のマイケル・マッデン氏は、核実験成功などはトップレベルの発表で、北朝鮮が特に誇りとし、最高のプロパガンダ価値を持つと述べ、国内外にこのようなニュースを発信する役は、やはり李氏だとロサンゼルス・タイムズに語っている。



ピンク色の伝統衣装チマ・チョゴリに身を包み、晴れやかな笑顔で生き生きと、北朝鮮が3日実施した核実験のニュースを伝えたのは、李春姫(リ・チュンヒ)アナウンサーだ。
同日の国営テレビで、彼女のトレードマークとなっている大げさな抑揚を用いて、李氏は、今回の水爆実験は「完璧な成功」であり「核軍事力の完成に向けた」重要な一歩だと発表した。
74歳で孫がいる李氏は、国家的英雄との評価を受けている。演劇からキャリア転換し、朝鮮中央放送のテレビ放送に初登場したのは1971年だった。
怒りを込めて西側を非難するにせよ、北朝鮮政権の功績や最高指導者の強さを称賛するにせよ、李氏のドラマチックなアナウンスぶりは、他のアナウンサーとは常に一線を画してきた。
北朝鮮の強硬路線を表明するうえで、完璧な人物だ」と、脱北して今は韓国で暮らす北朝鮮の元政府高官Ahn Chan-il氏は語る。「金日成主席は李さんのアナウンスを通じて、国民の人気を得た。彼女は金日成時代を『口』で支えたと言えよう。彼女はまるで金日成時代がいまも続いているかのように錯覚させる」
普段、韓服と呼ばれる伝統衣装を着用している李氏は、より柔らかな側面も見せたことがある。
1994年、同国建国者である金日成氏の死去にあたり、放送中に涙を流した。その息子の金正日氏が2011年に死亡した際も、黒い喪服を着て、声を震わせながら国民にニュースを伝えたのは、彼女だった。…


李氏は、正式には2012年に退職したものの、その後も重大ニュースの発表時にはたびたびテレビに登場している。
3日の核実験を発表したことで、現指導者の金正恩朝鮮労働党委員長が、党や軍の幹部を更迭・粛清するなか、李氏の健在ぶりが浮き彫りになった。
北朝鮮による6度目の核実験を巡って国際情勢が緊迫化するなかで、「ピンクの婦人」として知られる李氏は、国外において、同国政権の馴染みの顔となっている。
「何かが起こった時は、彼女がアナウンスするものだ」と、東京に住む男性は言う。
シドニーに住むクレジットマネージャーのマット・ウォーカーさんは李氏の今回のアナウンスついて、「とても感情豊かなアナウンスで興奮しているのが伝わってきた」と言う。「爆弾の爆破でなぜあれほど興奮するのか分からない。非常に不思議に思える」
中国中央電視台(CCTV)が2012年に行った珍しいインタビューで、李氏は、北朝鮮の次世代のアナウンサー育成に協力したいと述べていた。また、そうした若いアナウンサーの方が、今日のテレビ視聴者向けには適切だとも語っていた。
李氏はまた、自分の優しい側面は、北朝鮮の視聴者のためにとってあると述べた。「北朝鮮の国民向けに原稿を読むときは、大きな声を上げず、優しく視聴者に語りかけるべきだ」


北朝鮮テレビのあの大げさな「ピンクレディ」は何者? 引退した彼女が再登板の理由


北朝鮮は3日、水爆実験を成功させたと発表した。このニュースを読んだのは、ピンクの韓服と轟くような威圧感たっぷりの声で日本でもお馴染みの、北朝鮮国営テレビのベテランアナウンサー、李春姫(リ・チュニ)氏だ。すでに引退したはずなのに、重大ニュースとなるとかならず駆り出されるこの謎多き存在に、欧米メディアが注目している。



◆北の名物アナ。欧米での愛称は「ピンクレディ」
 ガーディアン紙によれば、李氏は1943年生まれの74才で、北朝鮮南東部の貧しい家庭に育った。演劇関係の大学でパフォーマンスアートを学んだ後、1971年に、まだ黎明期にあった国営テレビに入社している。ワシントン・ポスト紙(WP)によれば、同氏は「北朝鮮の声」、「国民的アナウンサー」と形容されており、40年以上にわたって北朝鮮唯一のテレビ局でもっとも有名なアナウンサーとして君臨している。いつもピンク色の韓服(朝鮮のフォーマルドレス)を着ていることから、欧米では北の「ピンクレディ」とも呼ばれているそうだ。

 WPは、何よりも彼女を有名にしているのは、残忍で抑圧的な政権のメッセージを伝える、その豊かで堂々とした声だと述べ、トレードマークの大げさかつオペラ調のスタイルで、核実験を発表し、敵国を非難し、3代にわたる北朝鮮のリーダーたちの人生と偉業を語ってきたと説明している。

 北朝鮮の国営誌「Chosun Monthly」は、「温かな愛と信頼をもって」、威厳ある声を作ることを李氏に要求したのが、北朝鮮建国の父、金日成氏だったとしている。2009年にロイターが訳した「Chosun Monthly」の記事には、「李がレポートや声明を発表すれば、敵は恐れで震え上がるだろう」と記されていたということだ(WP)。

◆声に正恩氏も感心?粛清をサバイバル
 WPが引用したブログ「北朝鮮リーダー・ウォッチ」によれば、李氏は1980年代からテレビにレギュラーで出るようになり、お天気から政府のイベントまですべてのニュースを読んでいたということだ。アナウンサーとして不動の地位を勝ち取った彼女は、長いキャリアの中で、1994年の金日成氏死去、2011年の金正日氏死去を経験している。特に、金正日氏死去は、彼女のキャリアのなかでもっとも有名な出来事であり、黒い韓服を着て、声を震わせすすり泣きながらニュースを読んだとWPは回想している。ガーディアン紙も、いつも好戦的な彼女が、このときばかりは涙を見せた、としている。

北朝鮮リーダー・ウォッチ」は、李氏のすごさは、北朝鮮の政権で定期的に訪れる粛清から生き延びたことだと述べている。李氏は、多くの同僚や上司が解雇されたり、降格したり、再教育に送られたりするのを実際に見てきたはずだという。ガーディアン紙は、李氏のメロドラマ的なニュースの伝え方は、現リーダーの金正恩氏から称賛され、このことが世界でもっとも残忍な政権と評される北朝鮮で生き延びるのに不可欠だった、としている。

◆引退撤回? 重大ニュースを語れるのは、やはり彼女
 WPによれば、李氏は実は2012年にアナウンサーを引退しており、現在は「比較的豪華な」生活を家族と送り、後進の指導にあったっているが、7月のミサイル発射、5回目の核実験、そして3日の水爆とされる核実験など、政府は特別な発表となると、彼女にニュースを読ませている。

 ジョージタウン大学のビクター・チャ氏は、「政権が彼女を呼び戻したということは、現リーダーの祖父の、ハードライン冷戦時代のイデオロギーへの回帰を政権が強く望んでいることの表れではないか」とウェブメディア『Mashable』に昨年語っており、決して偶然ではないとしている。

北朝鮮リーダー・ウォッチ」のマイケル・マッデン氏は、核実験成功などはトップレベルの発表で、北朝鮮が特に誇りとし、最高のプロパガンダ価値を持つと述べ、国内外にこのようなニュースを発信する役は、やはり李氏だとロサンゼルス・タイムズに語っている。



ピンク色の伝統衣装チマ・チョゴリに身を包み、晴れやかな笑顔で生き生きと、北朝鮮が3日実施した核実験のニュースを伝えたのは、李春姫(リ・チュンヒ)アナウンサーだ。
同日の国営テレビで、彼女のトレードマークとなっている大げさな抑揚を用いて、李氏は、今回の水爆実験は「完璧な成功」であり「核軍事力の完成に向けた」重要な一歩だと発表した。
74歳で孫がいる李氏は、国家的英雄との評価を受けている。演劇からキャリア転換し、朝鮮中央放送のテレビ放送に初登場したのは1971年だった。
怒りを込めて西側を非難するにせよ、北朝鮮政権の功績や最高指導者の強さを称賛するにせよ、李氏のドラマチックなアナウンスぶりは、他のアナウンサーとは常に一線を画してきた。
北朝鮮の強硬路線を表明するうえで、完璧な人物だ」と、脱北して今は韓国で暮らす北朝鮮の元政府高官Ahn Chan-il氏は語る。「金日成主席は李さんのアナウンスを通じて、国民の人気を得た。彼女は金日成時代を『口』で支えたと言えよう。彼女はまるで金日成時代がいまも続いているかのように錯覚させる」
普段、韓服と呼ばれる伝統衣装を着用している李氏は、より柔らかな側面も見せたことがある。
1994年、同国建国者である金日成氏の死去にあたり、放送中に涙を流した。その息子の金正日氏が2011年に死亡した際も、黒い喪服を着て、声を震わせながら国民にニュースを伝えたのは、彼女だった。…


李氏は、正式には2012年に退職したものの、その後も重大ニュースの発表時にはたびたびテレビに登場している。
3日の核実験を発表したことで、現指導者の金正恩朝鮮労働党委員長が、党や軍の幹部を更迭・粛清するなか、李氏の健在ぶりが浮き彫りになった。
北朝鮮による6度目の核実験を巡って国際情勢が緊迫化するなかで、「ピンクの婦人」として知られる李氏は、国外において、同国政権の馴染みの顔となっている。
「何かが起こった時は、彼女がアナウンスするものだ」と、東京に住む男性は言う。
シドニーに住むクレジットマネージャーのマット・ウォーカーさんは李氏の今回のアナウンスついて、「とても感情豊かなアナウンスで興奮しているのが伝わってきた」と言う。「爆弾の爆破でなぜあれほど興奮するのか分からない。非常に不思議に思える」
中国中央電視台(CCTV)が2012年に行った珍しいインタビューで、李氏は、北朝鮮の次世代のアナウンサー育成に協力したいと述べていた。また、そうした若いアナウンサーの方が、今日のテレビ視聴者向けには適切だとも語っていた。
李氏はまた、自分の優しい側面は、北朝鮮の視聴者のためにとってあると述べた。「北朝鮮の国民向けに原稿を読むときは、大きな声を上げず、優しく視聴者に語りかけるべきだ」


阪神メッセンジャーがブルペン入り、ケガ問題なし

 

右足腓骨(ひこつ)骨折からの復活を期す阪神ランディ・メッセンジャー投手(36)が21日、西宮市内の鳴尾浜球場ブルペンで投球練習を再開した。

 ランニング、ストレッチ、キャッチボールと入念に体を動かすとブルペンへ。捕手を立たせて10球を投じると、捕手を座らせて44球。変化球を織り交ぜるなど、実戦を意識した内容だった。

 右足を負傷した8月10日巨人戦(東京ドーム)以来となるユニホーム姿に「久しぶりにユニホームを着てピッチングが出来てうれしいよ」と上機嫌。患部については「投げるときはまったく意識していない」と問題なしを強調した。10月14日から開幕するクライマックスシリーズの先発に大きく近づいた。



メッセ待ってたでぇ!!!😢

 右足腓骨(ひこつ)骨折からの復帰を目指す阪神ランディ・メッセンジャー投手(36)が今日21日にブルペン投球を再開することになった。20日、病院で傾斜を使っての投球にGOサインが出たもようだ。クライマックスシリーズでの先発に向け、一気に視界が開けた。

 CSファーストステージ開幕日は10月14日。金本監督は大黒柱のCS先発起用について「状態を見ないと。2、3試合。短いイニングでもいいから」と見通していたが、順調に患部が回復すればノルマをクリアできそうだ。

 この日は鳴尾浜で投球相手を座らせ、変化球も投げ込んでから病院へ向かった。継続してキャッチボールは行っており、肩はできている状態。ブルペン投球を経て26日からのウエスタン・リーグ広島3連戦で実戦復帰すれば、10月5日からの1軍中日2連戦でマウンドに立てる。実戦2試合で患部に問題がなければ、CSファーストステージに間に合う算段だ。

 現状、阪神先発投手陣はやりくりが苦しい。CS投入が決定的となっているのは秋山、能見の2人ぐらい。残り2、3枠は今も流動的な状況だ。それだけにメッセンジャーの復帰プランにメドがたった事実は、何よりの朗報といえる。


 右足腓骨(ひこつ)骨折からの再起を期す阪神ランディ・メッセンジャー投手(36)に追い風だ。16日、中日戦(甲子園)が雨天中止となり、10月5日以降に代替試合が組み込まれる方向となった。当初は10月1日巨人戦がシーズン最終戦だったが、4日以上ズレ込む見込み。クライマックスシリーズ(CS)での先発復帰を目指す右腕が、1軍戦で調整登板を挟める可能性が一気に高まった。

 「恵みの雨」と表現できる。空を覆い尽くした雨雲が、メッセンジャーの復帰ロードを明るく照らし出した。この日の中日戦は午前11時に中止決定。その代替日がありがたいことに、中日の日程との兼ね合いもあり、10月5日以降に組み込まれる見込み。右足骨折からCSファーストステージでの復帰を目指す大黒柱にとっては、1軍で調整登板できる期限が一気に延びた形だ。

 甲子園室内練習場での全体練習後。金本監督は右腕の1軍戦調整登板について「あるかもね。そこは行けたら行きたいね」と力を込めた。可能であれば、CSに大黒柱を投入したいのは言わずもがな。ただ、見切り発車はリスクが高すぎる。「状態を見ないと。2、3試合。短いイニングでもいいから。まずはそこでしょう」。そう青写真を描く中で、この日の雨天中止は大きな意味を持つ。

 当初、シーズン最終戦は10月1日巨人戦の予定だった。同5日以降にもゲームが入れば、背番号54が1軍戦で調整登板できる可能性はグッと高まる。CSファーストステージは同14日開幕。2軍戦登板→1軍戦登板→CSファーストステージ先発というプランが現実味を帯びてきた。

 メッセンジャーはすでにスパイクを履いての投球を再開している。この日は鳴尾浜でズブぬれになりながら約10分間、キャッチボールを行った。医師から片足に体重をかけてもいい、と判断され次第、ブルペン投球を再開する見通しだ。

 指揮官は「(本人は)『もう行ける』と言っていた。ほえていた(笑い)。やる気満々よ(笑い)。こちらからすれば、うれしい気合だけどね」と目を細めた。絶対に戻ってくる-。大黒柱の心意気が、大舞台で実る瞬間が待ち遠しい。